2004年8月28日(土曜日)
神戸市立博物館

印象記
ウィーン美術史美術館所蔵
フェルメール「画家のアトリエ」 栄光のオランダ・フランドル絵画展

 ウィーンの中心部、ハプスブルク家の居城ホーフブルクと環状道路リンクを挟んで、石造りの壮麗なバロック様式の建物が二つ、向かい合って建っています。右手が自然史博物館、左手が美術史美術館です。15世紀後半から18世紀末にかけて、ハプスブルク家は、ネーデルランド・フランドル地方を支配していました(但し、オランダは1609年に独立)。その関係で、美術史美術館にはハプスブルク家が収集したネーデルラント・フランドル絵画が多数収められています。今回は、そのうち、ウィーン美術史美術館が所蔵する唯一のフェルメール作品《絵画芸術》(または《画家のアトリエ》)を含む58点が来日しました。

  ウィーン美術史美術館は、1992年の夏に一度訪れたことがあります。ところが、その時に果たしてフェルメールの《絵画芸術》を見たのかどうか、どうしても思い出すことが出来ません。

 この頃は、まだフェルメールのことはそれほど意識しておらず、最大の目的は、この美術館が誇るピーテル・ブリューゲルのコレクションでした。そして、ブリューゲル作品の印象があまりにも強烈で衝撃的だったからでしょうか、スペイン絵画とネーデルラント・フランドル絵画は、ゆっくりと時間をかけて観賞したにもかかわらず、この絵のことはなぜかはっきりと思い出せないのです。この展覧会に来た他の絵、ルーベンスやレンブラント、また一昨年の京都での展覧会で来日したベラスケスの《青いドレスの王女マルガリータ》などは、見た瞬間、「あ、確かに観た!
」と、はっきりと思い出せたのですが・・・

 今回の展覧会図録によると、フェルメールの《絵画芸術》は、1966年以降は、長期に渡って修復作業がなされていたそうです。もしかしたら1992年の夏も修復中で、見ることが出来なかったのかもしれません。

 さて、展覧会です。昨年秋のヴェルサイユ展もそうでしたが、1935年建造の銀行の建物を転用した博物館の建築は適度に古めかしく、天井も高いため、布張りの壁にヨーロッパ絵画や文物を並ぶと、ヨーロッパの宮殿然とした雰囲気出ます。今回は、時代順・地域別に作風の変遷が分かるように、展示作品がまとめられていました。

1.16世紀ネーデルラント絵画
 寓意画や、ギリシャ神話を題材にした歴史画が中心でした。この時期は、肖像画を除いて、絵画が必ず明確な意味を持つことが必要とされたことがよく分かります。たとえば、ルーラント・サフェレイの《動物たちの中のオルフェウス》という絵の場合、さまざまな種類の動物が共存するユートピアを描くのに、オルフェウスを登場させて神話の情景に仕立て上げる必要がありました。
 中でも印象的だったのは、ヤン・ブリューゲルの《小さい花卉画−陶製壷の−》という絵。花瓶いっぱいに挿してある花が、華やかな色彩で精緻に描かれ、現代人の目には純粋な静物画に見えます。しかし、机の上の萎れた植物やコインは「生のはかなさ」や「現世の富のむなしさ」を表し、画題である花そのものにも「この世の移ろいやすさ」という意味がこめられているそうです。静物画でありながら、れっきとした寓意画である事実に、目から鱗が落ちます。

2.17世紀フランドル絵画
 フランドル絵画のバロック期の二大巨匠、ルーベンスとファン・ダイクが登場します。絢爛な歴史画や王侯貴族の肖像画が、この時代のフランドル絵画が宮廷文化の一つであったことを感じさせます。次にくる「17世紀オランダ絵画」が、市民階級のものであったことと、対照的です。
 ルーベンスの絵は、肖像画2枚と、ギリシャ神話に取材した歴史画2枚が展示されていました。この人の絵は、有無を言わせぬ上手さがあります。力強い、堂々たる作風でありながら、決して重くなりすぎず、巧みな、軽やかささえ感じさせる筆致と色遣いで、絵に生き生きとした動きと色彩を与えています。
 ファン・ダイクの作品には、優美さが漂っていて、私は好きです。肖像画2枚と歴史画1枚がありました。
 他にも、風刺の効いた風俗画や寓意画もいろいろと展示されていました。人間の所業を動物を置き換えた「猿の煙草嗜好団」と「猫の床屋の客」は漫画風で、どこかグロテスクでした。風景画も一枚あって、この時代の絵画ジャンルの広がりを感じさせます。

4.フェルメール「画家のアトリエ」−《絵画芸術》−
 全てのコーナーを通り抜けた後に、フェルメールとの出会いが用意されています。フェルメール作『絵画芸術』(この展覧会では、通称の『画家のアトリエ』という名で展示されていますが、フェルメール自身は、この絵を『絵画芸術』と呼んでいたそうです。)のためだけにしつらえられた空間。フェルメールの傑作の一つであるこの作品のために、この展覧会は、最高の配慮を払っています。
 展示室は前の部屋と奥の部屋の二つに分かれています。まず最初の部屋に、この絵についての解説パネルが並び、画家や時代背景、解釈についての知識をしっかり頭に入れた上で観賞できるようになっています。そして、奥の部屋にフェルメールの『絵画芸術』が一枚、置かれています。
 明るい光を放つような、その大きな画面は、画家の創作という営為を、永遠に閉じ込めたかのようです。フェルメールが好んで描いた、画面左上の窓から指す光。その清澄な光の中に、青いドレスに月桂冠を抱いてたたずむ、歴史のミューズ(詩の女神)クリオに扮した女性。この左側の空間は、フェルメールの代表作『牛乳を注ぐ召使』や『青いターバンの少女』に連なる、女性の単身像の世界です。この部分だけでも、静いつをたたえたフェルメール独自の世界が成立しています。 右側には、ミューズに扮した女性を見つめ、作画に専心する画家の後姿があります。フェルメール自身と思われる画家の頭は、わずかに左に傾き、モデルを細心の緊張で見つめている様子が伺えます。ミューズ姿の女性と画家は、画家の視線

 絵を見終わった後は、ミュージアムショップでのお買い物です。図録はもちろんのこと、『絵画芸術』の中の、クリオに扮した女性モデルを、とても気に入ってしまったErill。思わず栞や携帯ストラップを買ってしまいました。
 『青いターバンの娘』が大阪に来たときは、携帯ストラップを買わなかったことを後で後悔したのですが、今回、その無念も挽回できたのでした。

を介して結ばれ、二人でさらに大きな一つの画面を構成し、面枠いっぱいに一枚の寓意的風俗画が出現します。フェルメールの他作品でいうと、『音楽のレッスン』や『恋文』などの日常の場面を切り取った絵画群に連なる作風です。
 この展覧会でも、各時代に描かれたさまざまな寓意を含んだ風俗画が展示されていますが、フェルメールのこの作品が、一見してこれら他の寓意的風俗画と一線を画しているのが分かります。他の寓意的風俗画では、例えばパラメデスゾーンの『パーティーの会場』や、ヤン・ステーンの『農民の結婚式(騙された花婿)』などのように、その主題は市民の日常生活に密着した具体的なもので、ちょうど一続きの場面からある時点を切り取ったような描写で、場面の脈絡と前後の情景が容易に想像できます。
 それに対し、フェルメールの『絵画芸術』は、確かにアトリエでの一場面を切り取ったものですが、その前後の動作や場面は想像できない、というより、その場面の前後にくる動作は最初から存在していないかのようです。フェルメールの研究者、小林頼子さんの言うように、行為から開放された空間に、静かな絵画的な時間が流れています。まるで、フェルメールの絵筆の先で瞬間が凝固し、場面そのものが持つ意味を湛えたまま、永遠にとどまり続けるかのようです。以前、小林秀雄が、日本文化は瞬間を尊ぶ「微分」方式、西洋文化は全体から本質を抽出する「積分」方式、というようなことを書いていましたが、フェルメールの『絵画芸術』も、いわば経過する時間から瞬間を切り取る微分方式ではなくて、瞬間の場面に「描く」という行為を蓄積し、凝縮した積分の世界です。
 絵が示唆する寓意も、当時よく描かれた寓意画では、「欺瞞」や「虚栄」等の、厭世的で具体的な教訓を含んだものが多いのですが、フェルメールのこの絵では、『絵画芸術』という抽象的な、普遍性のある主題を取り上げています。そして、この普遍的で抽象的な主題が、フェルメールの積分的時間表現に、よく適っているのです。
 また、ネーデルラント・フランドル絵画は、細部の細部まで描く写実的な描写が特徴で、この展覧会のほかの風俗画をみても、非常に細かいところまで説明的な描き込みがなされています。フェルメールの絵も、丹念 

に描き込まれていますが、点描を思わせる技法で、余計な細かさを感じさせるところまでは描かず、適度にコントロールされ、質感や量感を十二分に出しながらも、どこか平面的な、すっきりと均整のとれた画面にまとめられています。滑らかな丸みを帯びた輪郭も、柔らかくも単純な形を作っています。こうした単純化と平面化が、画面に抽象性と明快さを与え、『絵画芸術』という主題の抽象性と、一体となっているのです。

 フェルメールは、亡くなるまでこの絵を手放さなかったといいます。フェルメールは、この作品に自らの創作の秘密を打ち明けたのではないでしょうか。ミューズを見つめる画家の後姿。モデルの方に傾いた頭から、全身を集中させてモ
デルを見つめる視線と、対象を見つめるたびに得る新たな発見に没頭する画家の静かな感動が、読み取れるようです。
 モデルから受ける感銘を、芸術への啓示として絵筆でキャンパスに閉じ込める瞬間。それは、画家が芸術を生み出す瞬間であり、理性を超えた神秘的瞬間です。こうしたインスピレーションを受ける瞬間を、自らの画業の要として、フェルメールは生涯にわたり自分を啓示し続けたのかもしれません。

3.17世紀オランダ絵画
  このコーナーに入ると、風景画がずらりと並び、前の2時代とのジャンルの変化を感じさせます。1609年にスペインから独立し共和制となったオランダでは、市民階級が台頭し、絵画もその嗜好を反映して、歴史画よりも身近な題材の風俗画や肖像画、風景画が多く描かれるようになるのです。
 この時代の風景画では、ロイスダール(本展では仮名表記がライスダールになっていました)が、やはり逸品です。北欧の風景に取材したその作品からは、小画面ながらも自然の迫力が感じられます。この絵もそうですが、絵画でも文学でも音楽でも、いい作品には空気感と求心力があります。
 レンブラントも二枚ありました。特に肖像画は、レンブラントらしい線ではなくタッチで描き込まれた画面は、静かな思索性と内面性をたたえ、観れば観るほど深みを増します。

Tarlinのお気に入り、ヤン・ファン・ダーレン作『バッカス』です
酒は、人生の友。酒神バッカスは、人生の師。この肖像は、芸術の賜。酒神バッカスが歌い踊る、オッフェンバック作曲の「天国と地獄」の陽気なギャロップのメロディー(要するに、あの有名なフレンチカンカンの音楽)を思い浮かべながら、この至福の表情をご覧下さい。