1998年6月、梅雨本番の最中、一つのシステムを収め終えた Tarlin は、それまでほとんど休みのなかたったご褒美として、連続9日間のお休みをいただき、愛車 CIVIC と、何の計画もなく、ふらりと東北へと出かけました。東北にはずっと不思議な憧れがありました。 計画が無いが故に、思いつくまま色々なところを訪ねてみました。 その一端をご紹介します。 

【弥彦神社】

 東北ではないのですが、新潟に弥彦神社という神社があります。以前からこの神社には特別な思い入れがありました。 
 新潟と言えば、なんと言っても「美味しいお米」。 そして美味しいお米のあるところには「美味しいお酒」。 そうです、酒を人生の友とする私には、新潟は憧れの故郷なのです。
 そんな私が感動したのが、宮尾登美子さんの「蔵」でした。なんとしても、主人公の列が一度目は父と二人で、二度目は一人で杜氏の里「野積」を訪ねる際に参る弥彦神社を見てみたかったのです。
 古き歴史を感じさせる深い緑色の杜の中に、凛として建つ一際鮮やかな朱塗りの鳥居。そして立派な神門。ちょうど、私が行ったのは夕暮れ近い頃で人気も少なく、一人佇んでいると、蔵の一場面、一場面が蘇ってきました。

【恐山】

 むつ半島を北に車を走らせると、「ホタテ・ウニ」と書いた飲食店の看板が至る所に出てきます。「ホタテにウニに地酒」に思いを馳せながら、霊山に向かうという不謹慎な態度はさておき・・・
 霊場内は、低く雲が垂れ込めていて、所々に火山性の硫黄ガスが吹き出ているような所もあります。そして何よりも数多くの地蔵さんと、そして水子の供養なのでしょうか、小さな風車がそこかしこでカラカラと音をたてて回っているのが印象的(不気味とも言うかも)です。最初の頃は、他の観光客もいて、恐るるに足らんと思っていた

のですが、霊場の中奥深くに踏み入っていくと、だんだん人影もまばらになり、少し不安になってきました。そして、ある時気づくと私一人になって入るではありませんか。 しかも、何十派ものカラス(高台の地蔵様の上にいるお方が首領様でしょうか。)が私を取り囲んで歓迎してくれているのです。さすがに背中に少し冷たいもの、というより身の危険を感じたので、半泣きでその場を立ち去ったのでした。

【蔦温泉とブナの森】

 この旅は、思いついたままに行動する気まま旅行で、宿も何も予約しておらず、また、時には車の中で眠るという一見、貧乏旅行でした。そのような中でも、泊まってみたいと思っていたのが蔦温泉の蔦旅館です。ここは、その旅館にあるヒバで出来た浴室をもつ温泉もさることながら、旅館のそばに、取り囲んでいる木々が真対称に映し出される美しい沼があると聞いていて、水面に映った風景が大好きな私は、是非行ってみたいと思っていました。
 当日、飛び込みで予約を入れて、旅館に着いたのが夜の7時頃でした。美味しい料理と地酒を飲んで温泉につかれば、その日は、あっという間に寝入ってしまいました。 次の日の朝のために・・・
 翌朝、6時前に起きて蔦沼に向かいました。生い茂った木々の間を抜けると、見事な景色が視界に入ってきました。風もなく、まだ生き物たちも活動していない早朝。「ぴたっ」と時間が止まったような沼の水面はまるで鏡のようにその周りの景色を映し出していました。薄くたなびく雲までもが、水面を境に綺麗に対称形をなしていました。 しばし、その場に立ちつくして、その景色に見とれてしまいました。

 蔦温泉の周りには、蔦沼の他にも、いくつもの沼があり、それらは周遊コースで結ばれています。それぞれの沼の個性を楽しみながら、小一時間ほどかけて旅館に戻ってきました。東北とはいえ、6月下旬ともなるとそれなりに暑く、食事の前にまた温泉につかり、朝食をとって宿を後にしました。
 昨晩はもう暗くてよく分からなかったのですが、蔦温泉に至る道路はブナの森の中を通っており、まさに緑のトンネルとでもいうような気持ちのいい道を快走したのでした。

【八甲田山】

 奥入瀬へ向かう道すがら、八甲田山の美しい姿を見ました。日本映画で不朽の名作の一つとされる八甲田山では、多くの軍人が亡くなっていく厳しい冬の八甲田と共に、北大路欣也が演じる神田大尉が時折回想する夏の優しい八甲田が映し出されていましたが、その時に見たような、鮮やかな緑を彷彿とさせるような景色でした。

 

【火の風景】

 東北では、至る所で火山の國なんだなと感じさせてくれます。 湯気が漂う沼や、噴気をあげるパイプと、その噴気の成分の為か、白枯れた木々。地球の脈動を感じさせるその自然の力強さを感じました。

【奥入瀬から十和田湖へ】

 奥入瀬では、本当はゆっくりと渓流を散策したかったのですが、計画性のない気まま旅行の弊害として、最低でも半日かかると言われる散策に適した旅装をしていなかったため、車を要所要所に駐めてつまみ食いで見るだけとなってしまいました。(T T)
 十和田湖から漏れ出でてくる清流と、そこに息づく木々の緑とのコントラストが素晴らしいところでした。今度行くときには、ゆっくりと楽しみたいものです。
 さて、右の写真は銚子大滝ですが、十和田湖から流出する河川は奥入瀬側だけで、しかもその途中にこの滝があるため、下流側からは魚の遡上が出来ず、生態系としても隔離されているそうです。
 

 そして、奥入瀬側の出口となる十和田湖ですが、展望台から見下ろすと、私が以前に見た、北海道の屈斜路湖と摩周湖を足したような雰囲気のする湖でした。紺碧の水面と空があまりに近いのが印象的でした。

【八幡平】

 八幡平の頂上部にある八幡沼は標高1560に位置します。ですから、その途中で、低層の雲の中を通り抜けます。雲の中を通り抜けると空は青く澄み渡ります。一方、雲は雲海となって眼下に広がります。

 八幡沼は、天上の湖という佇まいをしています。この日は私以外には人もほとんどおらず、空に近い静かな高原で一人静かにもの思いふけっていました。、

【後生掛温泉】

 東北を旅しているとお風呂に困ることはありません。至る所に温泉があり、しかもその多くの旅館では、普通の銭湯と変わらないくらいの料金で外来入浴させてくれます。後生掛温泉もその一つでした。
 旅館のそばに着くと既に温泉の湯気が濛々と立ち上っていました。私は、温泉につかる前に近くの自然研究路を探索しました。そこには、今まさに生きている大地を感じさせる光景が広がっていました。
 

 温泉は、少し白濁して、硫黄の臭いがかすか香るお湯です。 浴槽が掘り込み式になっていて、とてもリラックス出来ます。 ボォっと浸かっていると一日の疲れを身体の内部から癒してくれました。

【松島 〜旅の終わり〜】

 いただいていたお休みも残すところ少なくなり、帰路を急がなくてはなりませんでした。夜通し車を運転して明け方、石巻に入りました。ちょうど朝焼けが始まっていたので寄り道して松島を見ました。 たなびく雲に茜さし、数多の小島がシルエットになって浮かびあがる風景は、なんとなく旅の終わりを彩ってくれているかのようでした。